静かな門出 I hope that’s ok
5月2日 月曜日
新年度が始まってもう大分、経った。
静寂な空気の新年度は、誰もが初めての経験だろう。
自分は、科学者でもジャーナリストでもないから3月11日のことは書かない。
ただ、たった1カ月でこんなにも多くの「生と死」に触れたことに関して、言葉がでない。
テレビで流れる映像は、悲惨だった。
でもテレビから流れる映像は美化された映画のようなものだ。
実際に見なければならない現実がそこにある。
これからこの現実とどのように付き合っていかなければならないのだろう。
この事実はどのように将来世代に伝えていく?
この時代に戦争のような惨禍に触れるなんて思いもしなかった。
風化させてはならない事実だけど、今だけは忘れたい事実でもある。
僕もできることがある。たくさんしたい。
今年度から前に進めることができる。
そのスタートラインは4月7日だった。
幻のスタートラインとなってしまったが、既にそのラインは超えているのだ。
ガイダンスとして1週間過ごした。
その時のことを書こうと思う。
まずはTOEICテスト
英語のクラス分けをするためのテストだ。
TOEICのテストを受けようと5月に予定していたのだが
学校でやるとは思わなかったので全く準備をしていなかった。
英検は遠い昔に受けたことがあるがTOEICは初めて。
だから、かなり緊張していた。きっと問題形式は似ているだろうと思いながら。
実際、問題数は多いし、時間が足りなかった。
残り5分で185問ぐらいを終え、残り15問はかなり適当に・・・。
ああ、せっかくの点数が・・・。
もちろん、難しい!!
リスニングだって聞き取れないところいっぱいあったし
リーディングだって焦ってできなかったところもいっぱいある。
また受ければいいことだ。機会は何回もある。
少しずつ上げていけばいいのだ。それが去年習ったこと。
学校での生活や履修ガイダンスを終えクラスアクティビティの時がきた。
イスを円状に並べみんなが向き合った。
事前に書いておいた「はじめまして・よろしくカード」が全員並べてある紙が回され
みんなを見つめる。
やはり、みんな生き生きとしている。さすが若い人たちだ。
自分はどのように見えただろう。
これまであまり人と話してこなかったから、みんなと仲良くなっていない。
自分の自己紹介の番になり、緊張ながらもすべて話した。
何もかも恥ずかしがって隠しているのが嫌だったからだ。
昔の自分だったら偽っていたかもしれない。
そんなところは、ちゃんと成長するんだなと思った。
その後は、ビンゴゲーム。
ある質問がビンゴカードに並んであり、それに該当する人を見つけたら
名前を書き、そこに穴があくという仕組みだ。
景品はなかったが、お互い名前を知る良いチャンスだ。
みんな緊張しながらも楽しく話している。
自分も思い切って前に踏み出してみた。
そしたら、温かく声を掛けてきてくれた。いやあ、うれしかった。
その時、高校に入学したころを思い出したのだ。
高校も同じような感じだったかもしれない。
誰も知ってる人がいない中で、声を掛けてくれることがどれだけ嬉しいことか。
すぐには無理だけど必ず慣れる、その言葉を信じてこれからもがんばろうと思う。
明日から授業が始まる。
履修登録がこんなにも大変なんて思ってもみなかったけど、これもいい経験。
まだまだ取り返せるものはいっぱいある。
やりたいこともいっぱいある。
サプライズだっていろいろな所に転がっている。
それを発見する日々が楽しみだ。
また振り返りたくなったらあの言葉を思い出そう。
「I SWEAR TO YOU I WILL NEVER CHANGE.
I AM PROUD TO BE DIFFERENT.
IT IS THE BEST THING ABOUT ME.」
5/2/2011 2:57 AM
教訓 Lessons
3月5日 土曜日
この1年間を振り返る。
たしかあの日は雨が降っていた。
目の前が真っ暗になったあの日。
この先どうすればいいのかわからなくなったあの日。
自分を見失ったあの日。
人々の力を借りてどうにか立ち上がった。
勇気をだして一歩を踏み出してみた。
取り戻せない過去を引きずらないように明るくして見せた。
でも、忘れることができなかった。
そればかりを責めて、結局もとの自分に戻ることが毎日のようにあった。
ただ、前を見ることは忘れなかった。
明るい未来を目指して。
そして今がある。
この1年間で感じたこと、山ほどある。
自分が思っているよりもはるかに時間は大切だということ。
自分が思っていた「孤独」というのは自分が作っていたこと。
本当の「孤独」と向き合う覚悟が出来たこと。
もう一度やり直せること。
この1年の努力は、結果として実らなかった。
努力が足りなかったのかもしれないし、
運もなかったかもしれない。
でも手に入れたものは結果以上に大切である。
だから前を向いて、今自分が出来ることをやっていくしかない。
不条理だと思ってしまう。
いや、不条理が普通なのだ。特別なものでもなんでもない。
でもそれを受け入れた瞬間、新しい道が開くものではないかと思う。
これからも辛いことは山ほどある。
耐えられるか今でも不安だ。
恐ろしい。
ただそれでも生きていかなければならない。
少しでも明るい未来を想像しながら。
これまでの自分の過去と比較すると
ニュージーランドで起きた地震の被災者が惜しくてならない。
どうしてこんなことがおきたのかと。
自分がこうなるべきだったのではないかと。
そこに人間の「悲しさ」がある。
世の中では楽観主義が優位に立っているが
人間の本性は悲観主義にあるのではないかと思う。
だからこそ、「悲しい」のだ。
僕は生きていく。
こんな自分だけれども、ちゃんと生きていく。
それが正しい生き方だ。
3/5/2011 7:22 AM
なほ頼め Declaration2011
1月10日 月曜日
あけましておめでとうございます。
早いもので2011年になりました。
今年の7月には地デジ化ということで
前から反対していたわけですけれども、とうとう来てしまうのですね。
今年こそ、良いことがあることを祈りつつ
日々精進していきたいと思っております。
どうぞよろしくお願いします。
さて今年の目標を
今年のオリジナル年賀状を紹介しながら
綴りたいと思います。
今年の年賀状いかがだったでしょうか。
日本郵便が掲げている年賀状のキャッチコピー
「年賀状は贈り物だと思う。」
は、とても気に入っているフレーズです。
普段の日本郵便(特にゆうパック)はろくな所じゃないけど
このフレーズだけは、たいしたもんです。
やはり年賀状の本性をわかってらっしゃる。
僕もこのフレーズをかなり意識しながら作っています。
今回の年賀状の構想は9月のはじめに浮かびました。
前回までの二つ折り3部作が幕を閉じたので
次はどういったものにしようか悩むだろうと思っていたんですが
1年経つとアイデアはいろいろ浮かぶものですね。
テーマは
「自分への果たし状」
果たし状と年賀状の「状」という字は同じなんですよね。
はがきだけが年賀状じゃないですしね。
果たし状のように自分自身、そして前に挑むような思いを
伝えたいと思ったのです。だからこういう形にしました。
2010年はいろいろ学んだ年でした。
勉強はもちろんですが
勉強を通して考えることを学びました。
思考力ってみんなに備わってるって思いがちだけど
実際は、そんなことまったくなく
ロジックを考えるということが勉強でも会話でも生きることにも
大事だということを知ったのです。
また、自分なりの「孤独」ということも学びました。
それまでは、孤独だと嘆いていたのは
今では恥ずかしいと思うほどの「孤独」だったのです。
自分はこれからもずっと「孤独」と戦わなければなりません。
少しだけその覚悟を身に付けられたような気がします。
2011年は、その学んだことを生きていくために使っていこうと思います。
せっかく身に着けたわけですから、ちゃんと使わないとね。
最後に、紙の頭に書いてある
「なほ頼め」
みなさん、この意味わかりましたか?
高校生のときにちゃんと古文を学んだかどうかが問われますよww
自分もちゃんと学ばなかったので今では後悔してます。
2010年のときに出会った和歌です。
「引き歌」として使わせていただきました。
引き歌を使うにはちゃんとした理由があります。
その元の歌の心境と似ているから使うわけです。
この歌は更級日記にある歌です。
菅原孝標女と仲がよかった継母がいろいろ事情があって
「梅が咲くころには戻ってきます」と言って遠くに去ってしまいます。
梅が咲くころになっても結局継母は来ず、孝標女は和歌を送ります。
「頼めしを なほや待つべき 霞枯れし 梅をも春は忘れざりけり」
そして継母が送り返した贈答歌が、その引き歌の元なのです。
「なほ頼め 梅のたち枝は契りおかぬ 思ひのほかの 人も訪ふなり」
1/10/2011 10:22 PM
そんな夜 a silent night
12月27日 月曜日
眩しい光が突く。
昔は、いつも楽しみにしてたのに
今は、何故こんなに躍動感が無いのだろう。
これがいつまで続くのだろうと思うと、疎ましい。
この前、六本木にある用事があった。
そのついでに友人に送るクリスマスカードの写真を撮りにいった。
六本木のイルミネーションはすごいだろうと勝手に予想してたので
きっと良いものが撮れるだろうとおもっていた。
夜。さすが六本木だ。人が多い。みんな笑顔だ。
仕事疲れも吹っ飛んでしまったのかというくらい笑い声が絶えない。
一方で、暖かいぬくもりに包まれて歩いている人たちもいる。
とにかく幸せそうだ。自分もそんな美しい光景を見つめられずにはいられなかった。
六本木ヒルズに行ってみる。
3、4年前に行った時はイルミネーションがすごかった気がするのだが
(今年は?もしくは自分が見逃したのかもしれないが)あんまりパッとしなかった。
でもとても広々としているので、その中で静かに灯ってるのも悪くないなと思った。
次は、ミッドタウンだ。意外にも初めて。
少し道に迷いながらも到着。リッツカールトンがあるだけあって(?w)
とても上品だ。それこそ新鋭な都会って感じ。
係員の指示に従いながらも、初めてだったので建物の中を右往左往しながら
テレビでもチラっと見たことのある、あの外の広場にでる。
ああ、これだ。
25メータープールよりも大きい広場にたくさんのLEDがちりばめられていて
ものすごく幻想的だ。青は人の心を落ち着かせる。
数分ごとに流れ星のように白い光が駆け回ったり
一気にライトが消えたと思ったら吸い込まれそうな光の渦が浮かびあがったり
素晴らしいイルミネーションだった。
そこで独り、写真を撮る。
真っ暗だったから、そこでは独りの寂しさなんて消えてしまった。
いや、みんな光に圧倒されていたからかな?
でもなんとなく微妙な点で物足りなさを感じた。
なんでだろう。
顔を真っ赤にして忘年会を楽しんでいる人達を横目に、僕はそこを後にした。

12/27/2010 3:08 AM
踏み越え Transgression
11月28日 日曜日
現代文の授業の時だった。
現代文の先生は、とてもわかりやすくユーモアもあって好きだ。
やはり聡明で努力をされた方なんだろう。幅広い知識と教養を持ち合わせてる。
だから僕はこの授業が大好きだ。(現代文自体は全く苦手なのが残念だが)
その先生がこんなことをおっしゃった。
残酷な事件やなんとも理解しがたい重大な殺人事件が起こると、
容疑者に対してメディアは、よくこんな表現を使う。
少年犯罪であったり、秋葉原の無差別殺人の時も使われていた気がする。
「容疑者の”心の闇”とは・・・」
この”心の闇”とは、誰かには理解し難いような当人の奥深くに眠っている思いや
一方で、普遍的に存在する、誰もが持っているのに、ほとんどの人が意識していない考えを
さしているのだろう。(と思っていた。)
念のため、調べてみると、結構あっさりしていた。
心の平静を失って、理非の分別がつかなくなること。―大辞泉より
きっと、僕の考えは、この「心の平静」に含まれているのではないかと思う。
僕もメディアが使うこの言葉には、あまり深くは考えなかったが、「そうだろうな。」と納得していた。
おそらく、ほとんど同じであろう。
だが先生は、それを「違う」とおっしゃった。
「よく事件で使われる”心の闇”ってのは間違ってる。
あれは、”心の闇”ではなくてただ”空っぽ”なだけだ。」
どういうことだろうか。
授業の時間の都合上、詳しい事はなかった。
「空っぽ」ってなんだろう。
僕は、この先生の考え方がとても好きだから余計に気になったのである。
この「空っぽ」という意味は考え方によって変わってくる。
僕は2つを考えた。
まず1つは、強く否定的な意味だ。
「まったく思慮する心も想像力も無い」という意味である。
残酷な事件を起こしたのは、自分勝手であり
この後どうなるかなど一切考えずに思うままに行動してしまったということだろう。
確かに、極悪非道な行為をしたわけだからそんな風に捉えられて当然である。
情状酌量なんてする余地は全く無く、救いようがないのかもしれない。
もう1つは、空しいという意味だ。
内的要因か外的要因かはわからない、だがとにかく心が空虚な状態である
ということだ。そこには、何か悲しい気持ちが含んである。
自分でどうすることも出来なくなって、呆然と一人で立ち竦み、
ただただ冷たい風が吹いているように。
さてどちらだろう。大まかに考えれば両方だとは思うのだが、その先生は
とても現実的な考えの人だから前者の意味でいったのではないかと思う。
確かにその考えは至極全うだと思う。だけど、なんか違う気がする。
僕は、後者の考えの持ち主で、そうすると「心の闇」という表現は
的を得ているような気がするのだ。
人には、わかってもらいたくてもわかってもらえないことがたくさんある。
もちろん、そんなことがない人なんて一人も無く
それを抱えたまま一生懸命生きている人が大部分である。
だから、そういう容疑者に対して「甘えている」と感じられる。
だけど、実際のところ難しい。
「わかってもらえました。はい、じゃぁ気分が楽になりました。」
こんなことは絶対にない。
わがままかもしれないが、わかってもらった所でどうにかなるわけではい。
むしろ、「相手なんかにわかるわけない」という気持ちが強いから
自分の心にしまいこんでしまうのではないかと思う。
そんな自分ではどうしようも出来ない事を克服することは無理だ。
だから空しいのである。悲しい存在と思ってしまうのである。
これが積み重なると、やはりいてもたってもいられない。
その結果、耐え切れない思いが、行動に表れるのではないかと思う。
じゃぁ結局、そんな思いに耐え切れる力もなく
自制することも出来ず、自分勝手に発散しようとするところに
思慮が無い、と表現されるのではないか、ということも考えられる。
そうすると、やはりこの事はよくわからない。
心理なんて詳しくないから、勝手な想像だけで色々書いたけど
やはり人間って気難しい。
このジレンマが解明される日は来るだろうか。
11/28/2010 2:25 AM
愛と死 envy and empty
11月19日 金曜日
僕は物心付いたときから、いや恐らくその前から
奥底に眠る恐怖がある
それは、急に襲ってくるのだ
僕が小さなときは、言葉では表現できない奇妙な夢をよく見た
丸い物体であったり川のようなものあったり何かから押しつぶされるような・・・
いまとなっては全く見なくなったので、実際そんな夢だったかどうかも
分からないが、とにかくその夢が怖かったのだ、それだけは覚えている
それを見ると怖さのあまり、さっと起きて動き回っていた
起きているにも関わらず、頭のなかではその残像が暴れまわる
ひどいときには、泣いているときもあった
そして時間がたつといつのまにか寝ていた
今、考えてみても全く検討がつかない恐ろしい夢である
僕は、少なからず「この夢」と「奥底の恐怖」には関係があるのではないかと思う
「死」を考える
世の中には”死ぬときは死ぬときだ”と楽観的に捉えている人が多くて驚く
自分が異常に恐怖を感じているだけかもしれないが、そんな風に考えるのは難しい
もし、自分が死んだらこの意識が無くなる
もし、自分が死んだら自分の名前が無くなる
もし、自分が死んだら自分の思い出がすべて消え去る
そうすると「自分」と意識できる世界はこれ一回限りで
その後を想像すると居ても立ってもいられなくなる
その後はどうなるのだ
その後はどこへ行くのか
その後はどこへたどり着くのか
そんな気持ちが無意識から意識へと断続的に上ってくる
「抑圧」という機能が人間にはあるらしい
意識する事・物は、自分にとって不快ではない事・物だという
つまり、意識すると不快なもの、怖いものには無意識へと無理に押し込む
これを抑圧といい、人間は快を求める存在だから隠しておくらしい
しかし、無意識も黙ってはいられない
突然、無意識から意識へと突出することがある
だから尚更、怖く、恐ろしく耐えられない不快となる
それが僕にとって「死」なのかもしれない
(しかし「死」の恐怖なんて人間誰でも備えてるものだ)
こんな思いをいつまでも持ち続けている
だから現実の死を目の前にすると動けなくなる
祖母の死もそうだった
必ずこの先もこの経験が必ずある
嫌だ、目を背きたい、そんなの見たくない
無常の世界の宿命と簡単に済ましてしまうものなのか
「死」は”不幸”なのか、それだとしたら今までの世界は”幸せ”だったのか
もしそんなことがあれば自分を責めるしかない
あのとき、ああしとけば・・・と
そんな無意味な後悔しか出来ないのが余計に辛い
だから、今やっときなさいって、言葉は理解できる
だけど極端に不器用だから上手く出来ない
それでも許してくれますか、そんな自分を認めてくれますか
人間の自我という感情って本当に怖い
動物だったら本能で生きて本能で死んでいくだけ
そこには、情念も後悔も何も残らない
もちろん幸せという気持ちも無いだろうから
そうすると幸せという気持ちで死んでいける人間は素晴らしいものなのか
無常の意味ってこういうことを考えることなのかも知れない
現象自体は無常ではないのかも
われわれの心が無常なんだ、きっと
結局答えは出ない
元の生活に戻ってとしか祈れない
それだけしか出来ない
悔しいけど、哀れだ
11/19/2010 10:19 PM







