復活! COME BACK!
2月22日 水曜日
更新が滞ってしまい、大変申し訳ない!
学校やらバイトやらでいろいろ忙しい日々が続いていました!
だけど、これぞ復活の時。
今日からBrought to XX by AHSLYMERdesignは
期間限定で旅ブログに変わります。
トロント以来の旅ブログ!たくさん更新します。
テーマは
「魅せられて-WIND IS BLOWING FROM ASIA-」
そう、ジュディオングです。
エーゲ海ではないけれどねw
今回はオールアジア圏。こんなに英語コンプレックスな自分が
オールアジアなんてびっくり!!
アジアにしか無い風を体全身で感じにいきたいと思っています。
詳しくは、後ほどの更新で!
さぁ!準備に取り掛かるぞ!!
2/22/2012 3:38 PM
本当に覚悟していたのだろうか Getting worse…?
11月5日 土曜日
いつのまにか、ブログを更新しない日々が続いてしまった。
なんとなくツイッターメインになってしまった気がする。
このブログは、もっと自分が書きたいこと、思っていることを
自由に書く場だから、のんびりと書いていきたいと思う。
(そのためにお金を払っているんだ笑)
さて夏休みはいろいろあった。
何か始めたいという気持ち、いや、焦りがあったから
とりあえず英会話スクールに通い始めはや2カ月ちょっと。
父親から「惰性で通ってるんじゃないか」と言われ、正直ドキっとする。
面と向かって否定できない自分がいた。
ちゃんと休むことなく通っているし、先生が書いてくれた復習プリントも
一通りこなしている。だけど、頭に浸透している感覚がない。
相変わらずカナダの友達に会っても、英語がパッと出てこないし
誰かに「じゃぁ、英語話してみて」って言われても正直困る。
きっと自分の考え方が邪魔しているんだろうな。
もっと、前向きに素直に謙虚に勉強出来るなら状況は変わっているはず。
そんなみっともない妄想をしながら勉強に更ける。
なんか前と変わってないなぁ。
あとはバイトを始めた。
やっと。前期は、映画を作るというとんでもない授業があったから
時間が無かったような気がする。
でも振り返ってみると土曜、日曜は結局、暇してたから言い訳かも。
バイト先は、某有名家具屋。
まぁtwitterでジャンジャン言ってるから隠すことないんだけどさ。
外国の血が流れている会社はどんなところだろうと興味深々だった。
だけど、興味だけでは通用しない部分がいっぱいあった。
いや、むしろそれ以外なかったといっても良いだろう。
もちろん、そういうような素晴らしい環境で働けるのは嬉しい、光栄だ。
でも結局、ひとつの会社・バイト先というような目で見ていた自分がいた。
最初のころは、自分の、半ば空想的な力を信じて
偉そうなことばかり考えたり、動いたり、言ったりしたけれども
現実問題全て間違っていたんだろう。そう実感した。
時間も守るのもそう、意見を述べるのもそう、上下関係もそう。
何もかも変わらなければならないのは自分だった。
これこそが、社会だ。
過去に縛られ、なにも出来なかった自分。
人の手を借りてようやく起きれた自分。
そこから、また、歩いていこうと決めた自分。
これから起こることを覚悟しているつもりだった。
自分たちが生きる社会のことを。
そして必ず出会うだろう大きな逆風に。
幸いなことに、まだ諦めたいという気持ちは生まれていない。
どこからでもいい。小さな光でもいいから、照らしてくれる人が見つかるはずだ。
そんな淡い期待を抱きながら、毎日を生き続けている。
きっと、そんな自分は恵まれている。
明日は必ず来るんだし、毎日、笑顔も作れる。
そんな明日は、タイの留学生の子たちとスケート。
良い日になるといいな。
タイの留学生の話は追って書きます。
11/5/2011 1:08 AM
これでいいはず You inspired me
8月12日 金曜日
英会話を習い始めて2回目。
まだまだ、3人称単数のsをつけ忘れたり、時制を間違えたりと
初歩的な間違いばかりで恥ずかしい思いはするけれども
英語を話そうという気持ちが目で見える。
がんばって英語で表現してみようという気持ちが表れている気がするのだ。
それが、とても心地良く、楽しく感じる。
これでいいのだ。この調子で前に進めば。
今は、難しい表現を学ぼうというよりは、初歩的な質問を
どれだけ早く流暢に答えられるかという訓練をしている。
いつ、どこで、だれと、なんのために、ほかには?というように一つずつ細かく聞くことなんて
普段の会話には滅多にないと思う。それに不自然でもあろう。
だが、不自然な会話云々言う前にまず答えられなければ意味がない。
だから、ちゃんと答えられる訓練が必要なのだ。
簡単な質問に答えているだけだが、答えている自分が微笑ましく感じる。
あ、英語で答えているじゃん、というように。
この繰り返しが、上達への道なんだろうな。
初めてこんな風に感じたかもしれない。こんなに英語勉強してきたけれども。
初めてのレッスンの時、中学生が同じ席にいた。
彼女は英語が非常に上手くて、流暢で、単語も一杯知っていて。
あまりのショックさにくじけそうにもなったが、彼女も一生懸命努力したはずだ。
自分も、同じように努力すれば彼女のようになれる。
そんなポジティブな考え方をしている自分が気持ち悪いくらいだ。
あんなに卑屈だった、あの自分が。
自分だけではなく、みんなと一緒に上達するという気持ちが、とても清々しい。
自分だけ出来なかったら・・・と、不安になることもあるが
それはそれでいいはずだ。それが自分の実力。
あとは、向上するだけなんだから。
今、やれることを今やろう。
恥ずかしがる必要なんてない。
考え過ぎちゃいけない。
自分が好きなこと、大事なことをやろう!
もう振り返る必要はない。前を向くことだけを考えて。
絶対にやり遂げる!後悔なんてしちゃいけないんだ。
ありがとう。君のおかげだ!
Thanks to you, I can do and walk again.

8/12/2011 1:22 AM
「触れる」の先 nerd
6月26日 日曜日
更新したいのに、このところ文章が書けない。
ごめんなさい。
社会復帰して3カ月が経とうとしている。
友達もたくさんできたし、おもしろい講義もたくさん受けたし、経験豊富な先生とも数多く出会った。
そう、自分以外の「人」に触れることができている。
今まで、「考える」力を養ってこなかったから
レポートを書くのにも一苦労で日々プレッシャーになる。
こうやってブログを書いていても文章は一向にうまくならないから
作文を書くのにも訂正がいっぱい入る。
かっこよくプレゼンしてやろう、とか
”独創的”なアイデアをだしてやろう、とか
空想の野望だけが先走る。
結果は、帰りの電車で自己嫌悪に陥る日々。
質が悪いことに、いい成績をとりたいという負けず嫌い精神は相変わらずで
がんばろうという思いが強くなるほど、空回りする。
周りの人だって大きく見える。感化されたいという気持ちは大いにある。
例えば、レディーガガは自分の理想だ。
歌や歌唱力は言うまでもない。
評価はともかく、独自の芸術的センスは輝いているし
エイズ問題やセクシャリティ問題、そして今回の大震災の問題でも
率先して行動している。
言っていることも、かっこいい。
説得力がある。
それが策略なのか、偽善なのかだなんてどうでもいい。
言うべきことを言える人間、それが彼女だ。
今日も初めてレディーガガが出演するVMAJに参加した。
人生初の生レディーガガだ。目の前で見れたことには神様に感謝するしかない。
あの感動をしっかり目に焼き付けた、きっと忘れないだろう。
あの声の力には震えるものがあった。
「上手い」という意味ではない。人をmoveさせる力だ。
彼女はこのようなことを言っている。
「私は決して多くのものを持って生まれてきたわけじゃない。
今の自分になるまで多く努力してきたし、戦ってきた。
どうか未来に夢を持つ大事さを感じ取ってほしい。」
努力・・・。自分の嫌いな言葉だ。
いや違う。努力できない、していない自分が嫌いなのかもしれない。
それを「努力」という言葉のせいにして嫌っているのだ。
でもこの言葉には、さすがの自分も動かされる。
かっこいいし、説得力があるし、生き方のお手本のようだ。
彼女は人間の手本だといっているわけでない。
一人の人間として生を全うしている言葉なのだ。
自分の尊敬している人がそういう風に言うのだから
信じることの勇気を持つことが出来るのではないかと思う。
話を戻そう。
こうやって自分は色々な他人に触れて、「考え」を見ることができるようになった。
他人の考えを大いに影響させる。場合によっては潰されることだってある。
あまり良い思いはしないけれど、仕方がない、これも大事なことと思っている。
その連続が「自分」を浮き彫りにする。
「自分は性格がひねくれている」という実証になるのだ。
他人とコミュニケーションがうまくとれない。
社会不適合者と言われてもおかしくない。
現実を見るのが怖いし、辛い。
高校生のころからこんなだったのか。
今はもう影が濃くなった過去を見つめる。
今まであった傷口をこの4年間でさらに悪化させてしまったらしい。
これを治すためには・・・どうするべきか。いつになったら治せるのか。
そうか、努力しかないのか・・・。
6/26/2011 1:39 AM
未知の世界 It’s time for a new challenge
5月20日 金曜日
最近、よく1日を振り返る。
というのも、まだ形になっていないからだ。
本当にやりたいこと。
やらなければいけないこと。
守りたいこと。
大切にしたいこと。
捨てなければならないこと。
時々、わからなくなる。
今は一生懸命やっているとは思う。ただ、ふと自分を見つめた時、嫌悪が漂う。頑張っている姿がどうもしっくりこない。
何をやっても後悔の念がついてまわるのだ。
恥ずかしいのか…無理をしているのか…
昔のほうがある意味で気楽に生きることができたかもしれない。
正直に生きたいだけなのに、正直に生きていなかった時の方が悩まなかったのでは、と感じる。
目の前に道はあるか。
外れた地面に、救いがあるのか。
そろそろ、救いの手を本当に求めている。
5/20/2011 8:14 AM
教訓 Lessons
3月5日 土曜日
この1年間を振り返る。
たしかあの日は雨が降っていた。
目の前が真っ暗になったあの日。
この先どうすればいいのかわからなくなったあの日。
自分を見失ったあの日。
人々の力を借りてどうにか立ち上がった。
勇気をだして一歩を踏み出してみた。
取り戻せない過去を引きずらないように明るくして見せた。
でも、忘れることができなかった。
そればかりを責めて、結局もとの自分に戻ることが毎日のようにあった。
ただ、前を見ることは忘れなかった。
明るい未来を目指して。
そして今がある。
この1年間で感じたこと、山ほどある。
自分が思っているよりもはるかに時間は大切だということ。
自分が思っていた「孤独」というのは自分が作っていたこと。
本当の「孤独」と向き合う覚悟が出来たこと。
もう一度やり直せること。
この1年の努力は、結果として実らなかった。
努力が足りなかったのかもしれないし、
運もなかったかもしれない。
でも手に入れたものは結果以上に大切である。
だから前を向いて、今自分が出来ることをやっていくしかない。
不条理だと思ってしまう。
いや、不条理が普通なのだ。特別なものでもなんでもない。
でもそれを受け入れた瞬間、新しい道が開くものではないかと思う。
これからも辛いことは山ほどある。
耐えられるか今でも不安だ。
恐ろしい。
ただそれでも生きていかなければならない。
少しでも明るい未来を想像しながら。
これまでの自分の過去と比較すると
ニュージーランドで起きた地震の被災者が惜しくてならない。
どうしてこんなことがおきたのかと。
自分がこうなるべきだったのではないかと。
そこに人間の「悲しさ」がある。
世の中では楽観主義が優位に立っているが
人間の本性は悲観主義にあるのではないかと思う。
だからこそ、「悲しい」のだ。
僕は生きていく。
こんな自分だけれども、ちゃんと生きていく。
それが正しい生き方だ。
3/5/2011 7:22 AM







