復活! COME BACK!

更新が滞ってしまい、大変申し訳ない!
学校やらバイトやらでいろいろ忙しい日々が続いていました!
だけど、これぞ復活の時。

今日からBrought to XX by AHSLYMERdesignは
期間限定で旅ブログに変わります。

トロント以来の旅ブログ!たくさん更新します。
テーマは

「魅せられて-WIND IS BLOWING FROM ASIA-」

そう、ジュディオングです。
エーゲ海ではないけれどねw

今回はオールアジア圏。こんなに英語コンプレックスな自分が
オールアジアなんてびっくり!!
アジアにしか無い風を体全身で感じにいきたいと思っています。
詳しくは、後ほどの更新で!

さぁ!準備に取り掛かるぞ!!

2/22/2012 3:38 PM

これでいいはず You inspired me

英会話を習い始めて2回目。

まだまだ、3人称単数のsをつけ忘れたり、時制を間違えたりと
初歩的な間違いばかりで恥ずかしい思いはするけれども
英語を話そうという気持ちが目で見える。
がんばって英語で表現してみようという気持ちが表れている気がするのだ。
それが、とても心地良く、楽しく感じる。
これでいいのだ。この調子で前に進めば。

今は、難しい表現を学ぼうというよりは、初歩的な質問を
どれだけ早く流暢に答えられるかという訓練をしている。
いつ、どこで、だれと、なんのために、ほかには?というように一つずつ細かく聞くことなんて
普段の会話には滅多にないと思う。それに不自然でもあろう。
だが、不自然な会話云々言う前にまず答えられなければ意味がない。
だから、ちゃんと答えられる訓練が必要なのだ。

簡単な質問に答えているだけだが、答えている自分が微笑ましく感じる。
あ、英語で答えているじゃん、というように。
この繰り返しが、上達への道なんだろうな。
初めてこんな風に感じたかもしれない。こんなに英語勉強してきたけれども。

初めてのレッスンの時、中学生が同じ席にいた。
彼女は英語が非常に上手くて、流暢で、単語も一杯知っていて。
あまりのショックさにくじけそうにもなったが、彼女も一生懸命努力したはずだ。
自分も、同じように努力すれば彼女のようになれる。
そんなポジティブな考え方をしている自分が気持ち悪いくらいだ。
あんなに卑屈だった、あの自分が。
自分だけではなく、みんなと一緒に上達するという気持ちが、とても清々しい。
自分だけ出来なかったら・・・と、不安になることもあるが
それはそれでいいはずだ。それが自分の実力。
あとは、向上するだけなんだから。

今、やれることを今やろう。
恥ずかしがる必要なんてない。
考え過ぎちゃいけない。
自分が好きなこと、大事なことをやろう!

もう振り返る必要はない。前を向くことだけを考えて。
絶対にやり遂げる!後悔なんてしちゃいけないんだ。

ありがとう。君のおかげだ!
Thanks to you, I can do and walk again.

8/12/2011 1:22 AM

「触れる」の先 nerd

更新したいのに、このところ文章が書けない。
ごめんなさい。

社会復帰して3カ月が経とうとしている。
友達もたくさんできたし、おもしろい講義もたくさん受けたし、経験豊富な先生とも数多く出会った。
そう、自分以外の「人」に触れることができている。

今まで、「考える」力を養ってこなかったから
レポートを書くのにも一苦労で日々プレッシャーになる。
こうやってブログを書いていても文章は一向にうまくならないから
作文を書くのにも訂正がいっぱい入る。
かっこよくプレゼンしてやろう、とか
”独創的”なアイデアをだしてやろう、とか
空想の野望だけが先走る。
結果は、帰りの電車で自己嫌悪に陥る日々。
質が悪いことに、いい成績をとりたいという負けず嫌い精神は相変わらずで
がんばろうという思いが強くなるほど、空回りする。

周りの人だって大きく見える。感化されたいという気持ちは大いにある。
例えば、レディーガガは自分の理想だ。
歌や歌唱力は言うまでもない。
評価はともかく、独自の芸術的センスは輝いているし
エイズ問題やセクシャリティ問題、そして今回の大震災の問題でも
率先して行動している。
言っていることも、かっこいい。
説得力がある。
それが策略なのか、偽善なのかだなんてどうでもいい。
言うべきことを言える人間、それが彼女だ。

今日も初めてレディーガガが出演するVMAJに参加した。
人生初の生レディーガガだ。目の前で見れたことには神様に感謝するしかない。
あの感動をしっかり目に焼き付けた、きっと忘れないだろう。
あの声の力には震えるものがあった。
「上手い」という意味ではない。人をmoveさせる力だ。
彼女はこのようなことを言っている。

「私は決して多くのものを持って生まれてきたわけじゃない。
今の自分になるまで多く努力してきたし、戦ってきた。
どうか未来に夢を持つ大事さを感じ取ってほしい。」

努力・・・。自分の嫌いな言葉だ。

いや違う。努力できない、していない自分が嫌いなのかもしれない。
それを「努力」という言葉のせいにして嫌っているのだ。
でもこの言葉には、さすがの自分も動かされる。
かっこいいし、説得力があるし、生き方のお手本のようだ。
彼女は人間の手本だといっているわけでない。
一人の人間として生を全うしている言葉なのだ。
自分の尊敬している人がそういう風に言うのだから
信じることの勇気を持つことが出来るのではないかと思う。

話を戻そう。

こうやって自分は色々な他人に触れて、「考え」を見ることができるようになった。
他人の考えを大いに影響させる。場合によっては潰されることだってある。
あまり良い思いはしないけれど、仕方がない、これも大事なことと思っている。

その連続が「自分」を浮き彫りにする。

「自分は性格がひねくれている」という実証になるのだ。
他人とコミュニケーションがうまくとれない。
社会不適合者と言われてもおかしくない。
現実を見るのが怖いし、辛い。

高校生のころからこんなだったのか。
今はもう影が濃くなった過去を見つめる。
今まであった傷口をこの4年間でさらに悪化させてしまったらしい。
これを治すためには・・・どうするべきか。いつになったら治せるのか。

そうか、努力しかないのか・・・。

6/26/2011 1:39 AM

未知の世界 It’s time for a new challenge

最近、よく1日を振り返る。
というのも、まだ形になっていないからだ。

本当にやりたいこと。
やらなければいけないこと。
守りたいこと。
大切にしたいこと。
捨てなければならないこと。

時々、わからなくなる。
今は一生懸命やっているとは思う。ただ、ふと自分を見つめた時、嫌悪が漂う。頑張っている姿がどうもしっくりこない。
何をやっても後悔の念がついてまわるのだ。
恥ずかしいのか…無理をしているのか…

昔のほうがある意味で気楽に生きることができたかもしれない。
正直に生きたいだけなのに、正直に生きていなかった時の方が悩まなかったのでは、と感じる。

目の前に道はあるか。
外れた地面に、救いがあるのか。
そろそろ、救いの手を本当に求めている。

5/20/2011 8:14 AM

教訓 Lessons

この1年間を振り返る。

たしかあの日は雨が降っていた。
目の前が真っ暗になったあの日。
この先どうすればいいのかわからなくなったあの日。
自分を見失ったあの日。

人々の力を借りてどうにか立ち上がった。
勇気をだして一歩を踏み出してみた。
取り戻せない過去を引きずらないように明るくして見せた。
でも、忘れることができなかった。
そればかりを責めて、結局もとの自分に戻ることが毎日のようにあった。

ただ、前を見ることは忘れなかった。
明るい未来を目指して。

そして今がある。
この1年間で感じたこと、山ほどある。
自分が思っているよりもはるかに時間は大切だということ。
自分が思っていた「孤独」というのは自分が作っていたこと。
本当の「孤独」と向き合う覚悟が出来たこと。

もう一度やり直せること。

この1年の努力は、結果として実らなかった。
努力が足りなかったのかもしれないし、
運もなかったかもしれない。
でも手に入れたものは結果以上に大切である。
だから前を向いて、今自分が出来ることをやっていくしかない。

不条理だと思ってしまう。
いや、不条理が普通なのだ。特別なものでもなんでもない。
でもそれを受け入れた瞬間、新しい道が開くものではないかと思う。

これからも辛いことは山ほどある。
耐えられるか今でも不安だ。
恐ろしい。

ただそれでも生きていかなければならない。
少しでも明るい未来を想像しながら。

これまでの自分の過去と比較すると
ニュージーランドで起きた地震の被災者が惜しくてならない。
どうしてこんなことがおきたのかと。
自分がこうなるべきだったのではないかと。

そこに人間の「悲しさ」がある。
世の中では楽観主義が優位に立っているが
人間の本性は悲観主義にあるのではないかと思う。
だからこそ、「悲しい」のだ。

僕は生きていく。
こんな自分だけれども、ちゃんと生きていく。
それが正しい生き方だ。

3/5/2011 7:22 AM

なほ頼め Declaration2011

あけましておめでとうございます。

早いもので2011年になりました。
今年の7月には地デジ化ということで
前から反対していたわけですけれども、とうとう来てしまうのですね。

今年こそ、良いことがあることを祈りつつ
日々精進していきたいと思っております。
どうぞよろしくお願いします。

さて今年の目標を
今年のオリジナル年賀状を紹介しながら
綴りたいと思います。

今年の年賀状いかがだったでしょうか。
日本郵便が掲げている年賀状のキャッチコピー
「年賀状は贈り物だと思う。」
は、とても気に入っているフレーズです。
普段の日本郵便(特にゆうパック)はろくな所じゃないけど
このフレーズだけは、たいしたもんです。
やはり年賀状の本性をわかってらっしゃる。

僕もこのフレーズをかなり意識しながら作っています。
今回の年賀状の構想は9月のはじめに浮かびました。
前回までの二つ折り3部作が幕を閉じたので
次はどういったものにしようか悩むだろうと思っていたんですが
1年経つとアイデアはいろいろ浮かぶものですね。

テーマは
「自分への果たし状」

果たし状と年賀状の「状」という字は同じなんですよね。
はがきだけが年賀状じゃないですしね。
果たし状のように自分自身、そして前に挑むような思いを
伝えたいと思ったのです。だからこういう形にしました。

2010年はいろいろ学んだ年でした。
勉強はもちろんですが
勉強を通して考えることを学びました。
思考力ってみんなに備わってるって思いがちだけど
実際は、そんなことまったくなく
ロジックを考えるということが勉強でも会話でも生きることにも
大事だということを知ったのです。
また、自分なりの「孤独」ということも学びました。
それまでは、孤独だと嘆いていたのは
今では恥ずかしいと思うほどの「孤独」だったのです。
自分はこれからもずっと「孤独」と戦わなければなりません。
少しだけその覚悟を身に付けられたような気がします。

2011年は、その学んだことを生きていくために使っていこうと思います。
せっかく身に着けたわけですから、ちゃんと使わないとね。

最後に、紙の頭に書いてある
「なほ頼め」
みなさん、この意味わかりましたか?
高校生のときにちゃんと古文を学んだかどうかが問われますよww
自分もちゃんと学ばなかったので今では後悔してます。
2010年のときに出会った和歌です。
「引き歌」として使わせていただきました。
引き歌を使うにはちゃんとした理由があります。
その元の歌の心境と似ているから使うわけです。
この歌は更級日記にある歌です。
菅原孝標女と仲がよかった継母がいろいろ事情があって
「梅が咲くころには戻ってきます」と言って遠くに去ってしまいます。
梅が咲くころになっても結局継母は来ず、孝標女は和歌を送ります。

「頼めしを なほや待つべき 霞枯れし 梅をも春は忘れざりけり」

そして継母が送り返した贈答歌が、その引き歌の元なのです。

「なほ頼め 梅のたち枝は契りおかぬ 思ひのほかの 人も訪ふなり」

1/10/2011 10:22 PM